(2026/06)

現在では、スマートフォンの中に何十億個ものトランジスタが入っています。しかし、昔の電子機器はまったく違うものでした。
戦後しばらくの時代、ラジオや無線機、テレビなどの電子機器は「真空管」という部品で動いていました。
真空管は、
という特徴がありました。
しかしその一方で、高周波に強く、当時の無線通信やレーダー技術では大活躍していました。
つまり当時は、「高周波の世界=真空管の世界」だったのです。
また、エニアック(ENIAC)と呼ばれる真空管式のコンピューターは西暦 1946年に作られました。アメリカのペンシルベニア大学で開発され、1946年2月15日に報道陣へ公開されたことで知られています。
真空管を約1万8000本使用し、総重量30トン、部屋1つ分を占めるほどの超巨大なサイズでしたが、その性能は現在のポケットサイズの電卓にも及ばなかったのです。
1976年、ソビエト連邦の戦闘機「MiG-25」が北海道へ飛来し、パイロットが亡命するという有名な事件がありました。
その後、日本とアメリカの技術者たちは機体を詳しく調査します。
そして驚いたのが、
「最新鋭戦闘機なのに真空管が大量に使われていた」
という事実でした。
当時の西側諸国では、すでにトランジスタ化が進んでいたため、
「まだ真空管なのか!?」
と驚かれたのです。
しかし実は、単純に技術が遅れていたわけではありませんでした。
真空管には、
という特徴があり、冷戦時代の軍用機では重要視されていたのです。
つまり、トランジスタが急速に進化していた時代でも、
「高周波の世界では、まだ真空管が強かった」
という一面があったわけです。
これは、電子技術の進化が単純な「新旧交代」ではなく、
「用途によって最適な技術が違っていた」
ことを象徴する、非常に興味深いエピソードと言えるでしょう。

いよいよ1947年、アメリカのベル研究所でトランジスタが発明されます。
これは電子工学の歴史を変えた大事件でした。
最初に使われた材料は「ゲルマニウム」でした。
そして、この小さな部品は世界を驚かせます。
「ラジオがポケットに入る」時代を作ったからです。
1954年頃になると、日本でもトランジスタラジオが大人気となりました。
最初の量産は、東京通信工業(現在のSONY)が開始し、翌1955年に同社から日本初のトランジスタラジオ「TR-55」が商品化されました。
その後相次いで大手電機メーカーも量産を開始し、1958年あたりには主要な電機メーカーからトランジスタラジオが発売されました。
特にSONYなどのメーカーが世界市場で成功を収めます。
真空管ラジオは、
という問題がありました。
しかしトランジスタの登場によって、
が一気に進みました。
今では当たり前の「携帯できる電子機器」の始まりだったとも言えます。
ところが、当時のトランジスタには弱点がありました。
それが、
「高い周波数に弱い」
という問題です。
特に昔のアマチュア無線の世界では、
などの高周波帯域へ挑戦する時代が始まっていました。
しかし、さらに上の
「1200MHz帯」
になると、対応できる半導体がほとんどありませんでした。
現在のスマホでは当たり前のGHz帯ですが、当時は「夢の周波数」に近い世界だったのです。
昔の高周波回路では、現在では考えられないほどシビアな世界がありました。
なんと、
「数mmの配線の長さ」
で性能が変わることもあったのです。
配線が少し長いだけで、
などの問題が発生しました。
そのため昔の無線雑誌では、
などの言葉がよく登場していました。
現在の超小型スマホを見たら、当時の技術者たちは驚くかもしれません。

シリコン(Si)を用いた最初のトランジスタは、1954年にアメリカのテキサス・インスツルメンツ社(Texas Instruments)によって開発されました。
その後、半導体は大きく進化します。
ゲルマニウムに代わり、
「シリコン」
が主役になっていきました。
シリコンは、
という特徴がありました。
ここからトランジスタは急激に進化していきます。
※ 画像は、高周波電力増幅用のシリコントランジスタです。様々な無線機器に使用されてきました。
さらに時代が進むと、
など、さまざまな新材料が登場します。材料そのものの発見や、原始的なトランジスタの試作(基礎研究)は欧米が先行したケースもあります。
しかし、これらの物質を世界で初めて、使い物にならなかった結晶を高品質化し、実用的なトランジスタ(TR)として完成させたのは、間違いなく日本の研究者たちです。
当時の技術雑誌では、こうした名前を見るだけで、
「未来技術!」
という雰囲気がありました。
| GaAs(ガリウムヒ素) |
|---|
| 三村髙志 博士(富士通)が1980年に「HEMT(ヘムト)」という革新的なトランジスタを発明。これが現在の衛星放送やスマホ通信の基礎になりました。 |
| SiC(炭化ケイ素) |
| 松波弘之 教授(京都大学)が、それまで不可能とされた高品質な結晶を作る技術(段階付エピタキシャル成長法)を発明。これによりSiCトランジスタの道が開かれ、現在のEV(テスラ等)や新幹線(N700S系)の省エネ化に直結しています。 |
| GaN(窒化ガリウム) |
| 赤﨑勇 博士、天野浩 教授、中村修二 教授が、不可能と言われたGaNの結晶化に成功(ノーベル賞受賞)。この結晶技術があったからこそ、現在の高速充電器などに使われる「GaNトランジスタ」が生まれました。 |

面白いことに、SiC(炭化ケイ素)は半導体だけではありません。
釣り好きの方なら、
「SiCガイド」
という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
これは釣り竿のラインガイドに使われる素材です。
SiCは、
という特徴があり、高級釣り竿にも採用されていました。
つまり、半導体の世界と釣りの世界が、実は同じ材料で繋がっていたのです。
さらに昭和のオーディオブームでは、YAMAHAの「NS-1000M」という有名スピーカーに、
「ベリリウム」
という特殊素材が使われ話題になりました。
当時は、
という理由で「未来素材」のように扱われていました。
実はこの頃の日本は、
などの分野で、「材料技術」が猛烈に進化していた時代だったのです。
ベリリウム自体は半導体の材料ではありませんが、その化合物である酸化ベリリウム(BeO)は、高い熱伝導性と電気絶縁性を活かして、高性能半導体の放熱部品(ヒートシンクなど)に使用されています。
1950年代から1960年代初頭にかけて、エレクトロニクス界に革命をもたらすFET(電界効果トランジスタ)が登場しました。
FETには、構造や動作原理の違いによって主に「接合型(JFET)」と「MOS型(MOSFET)」の2種類が存在します。
なかでも1959年に発明されたMOSFETの登場は、現代のデジタル社会を決定づける歴史的な転換点となりました。
従来のバイポーラトランジスタに比べて消費電力が極めて少なく、構造がシンプルで微細化に適していたMOSFETは、IC(集積回路)やCPUの超高密度化を一気に加速させました。
現在でもスマートフォンのプロセッサからパワーエレクトロニクス分野にいたるまで、あらゆる電子機器の心臓部として社会を支え続けています。
そして現在。
私たちが普通に使っているスマホの内部では、
など、数GHz帯の超高周波技術が普通に使われています。
昔は夢だった1200MHz帯どころではありません。
しかも、それが手のひらサイズの機器に詰め込まれています。
実は現在でも、
との戦いは続いています。
つまりトランジスタの歴史とは、
「電子をどこまで速く、正確に動かせるか」
という、人類と物理限界との戦いの歴史だったのです。
🤓 そして、昭和時代に技術雑誌を読みながら未来を想像していた少年たちが見た世界は、今、スマートフォンの中で現実になっているのかもしれません。
【筆者プロフィール】
アナログ・デジタル総合種 工事担任者。
昭和40年代の「ラジオ・アマチュア無線少年」としての自作文化を原点に、端末設備の設置や外線工事、地下マンホール内での通線作業、果てはPHSの基地局設置など、日本の通信インフラの現場を最前線で支え続けた専門家。趣味はオーディオとフィッシング。現在は、当時の泥臭い現場の知恵を交えながら、現代の「通信の裏側の驚き」を一般ユーザー向けに分かりやすく解説するシリーズ記事を執筆中。