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(2026/06)
2023年3月、ひとつの時代がひっそりと幕を閉じました。PHS(公衆サービス)の完全終了です。
1990年代半ばに登場し、「ピッチ」の愛称で若者やビジネスマンに大ヒットしたPHS。
最盛期には日本中に張り巡らされていた、あの膨大な数の基地局(アンテナ)を覚えているでしょうか。
電柱の先端やビルの屋上に、それこそ無数に設置されていた「あの四角い箱と4本のアンテナ」。
サービスが終了した今、彼らは一体どこへ行ってしまったのでしょうか?
実は、姿を消したPHS基地局たちの多くは、ただ廃棄されたわけではありません。
形を変え、形骸を残し、今の私たちのスマホライフを支える「ある驚きの形」で大転用されているのです。
その裏側を紐解くために、まずはPHSがどうやって生まれたのか、その「意外な歴史」から振り返ってみましょう。
そもそも、なぜPHSの基地局はあんなにコンパクトで、街中に無数に建てる必要があったのでしょうか。
その答えは、PHSの「生まれ故郷」にあります。
PHSの仕組みを分かりやすく一言で言うと、「家庭用コードレスフォンの親機と子機の関係を、そのまま屋外に持ち出したもの」なのです。
当時、日本の家庭に普及し始めていたコードレスフォンは、家の中に置いた「親機」から微弱な電波を飛ばし、家の中で「子機」を持って自由に話せるシステムでした。
この「親機を街中の電柱に片っ端から設置して、日本中どこでも子機(端末)が繋がるようにしたら便利じゃないか?」という、日本の天才的なアイデアから生まれたのがPHS(Personal Handy-phone System)の始まりでした。
つまり、電柱の上の四角い箱は、街中に設置された「みんなのための家庭用コードレスフォンの親機」だったわけです。
だからこそ、携帯電話の巨大な鉄塔基盤とは違い、小さくて身近な電柱やビルの屋上に設置される運命にありました。
そんな「街中の親機」として四半世紀以上も働き続けたPHSの基地局ですが、2023年のサービス終了に伴い、無線機の箱やアンテナ本体そのものはすべて撤去され、廃棄・リサイクルに回されました。
なぜなら、家庭用コードレスフォンから発展したPHSの仕組み(1.9GHz帯)は、現代の4Gや5G、スマホの通信とはまったく互換性がないからです。
また、数十年前に製造された機械では、現代の超大容量のインターネット通信を処理するパワーはありません。
しかし、現場の職人目線で見ると、本当に価値があったのは機械そのものではありませんでした。
彼らが残した「設置されていた場所(ロケーション)」こそが、通信事業者にとって喉から手が出るほど欲しい宝の山だったのです。
コードレスフォン発祥ゆえに、PHSには「電波が弱い(半径数百メートルしか届かない)」という弱点がありました。
そのため、街中に「超・高密度」で親機(基地局)を建てる必要があったのは先述の通りです。
実は、現代の最新技術である「5G(特にミリ波など)」も、これとまったく同じ「電波が遠くまで飛ばない・遮蔽物に弱い」という特性を持っています。
携帯電話のように巨大な鉄塔から電波をドカンと飛ばすだけでは、現代の街中を5Gエリアにすることは不可能なのです。
そこで大活躍したのが、PHSの遺産でした。通信キャリア(特にPHSを運営していたソフトバンク・旧ワイモバイル)は、PHSを撤去した後の「電柱の設置権(NTTや電力会社との契約関係)」をそのまま維持しました。
そして、PHSのアンテナの跡地に、5Gの小型基地局(スモールセル)をどんどん設置していったのです。
あなたが今、街中でスマホの5Gの恩恵を受けられているのは、四半世紀前に「街中をコードレスフォンだらけにしよう」とコツコツ開拓された、電柱の場所があるおかげなのです。
電柱だけでなく、ビルの屋上にもPHSの基地局はたくさんありました。
本連載の読者ならご存知かもしれませんが、当時のビル屋上の工事といえば「電源がない」「配線ルートがない」という絶望的な状況からスタートする過酷なものでした。
最下階の主配線盤(MDF)から、外壁やパイプスペースを伝って、何十メートルも気の遠くなるような長さの電線や配管を引き上げる――。
あの時、私たちが汗だくになって泥臭く確保した「電源線」や「配管(ルート)」、そして「ビルのオーナー様との契約」は、今もそのまま次の世代(4Gや5Gの基地局)のインフラとして現役で使われています。
機械は新しくなっても、あの時作った「血管(配管)」や「神経(電源)」は、今もビルの屋上で生き続けているのです。
サービスとしてのPHSは2023年に幕を閉じました。 しかし、彼らが日本中に張り巡らせた高密度ネットワークのDNAは、現在の4G・5Gネットワークの中に完全に溶け込んでいます。
街を歩くとき、ふと電柱の先端や、古い雑居ビルの屋上を見上げてみてください。 PHSのアンテナはもうありませんが、「その跡地」には形を変えて現代を支える最新のアンテナが立っているはずです。
😅それを見るたび、私は当時、大都市のビル街で駐車禁止のレッカー車に車を持っていかれ、日当が吹き飛んでベソをかきながら電波を繋いでいた「トホホな思い出」を思い出さずにはいられないのです。
【筆者プロフィール】
アナログ・デジタル総合種 工事担任者。
昭和40年代の「ラジオ・アマチュア無線少年」としての自作文化を原点に、端末設備の設置や外線工事、地下マンホール内での通線作業、果てはPHSの基地局設置など、日本の通信インフラの現場を最前線で支え続けた専門家。趣味はオーディオとフィッシング。現在は、当時の泥臭い現場の知恵を交えながら、現代の「通信の裏側の驚き」を一般ユーザー向けに分かりやすく解説するシリーズ記事を執筆中。